日本のラジオ放送100周年(前編) ~ラジオ放送の価値と魅力~

2025年3月22日、日本のラジオ放送が始まって100年を迎える。ラジオは長年にわたり、情報伝達やエンターテインメントの重要なメディアとして機能し、特に災害時には命を守るツールとしての役割を果たしてきた。その誕生の背景には、1923年に発生した関東大震災の教訓があった。災害時に確実な情報を迅速に伝える手段としての必要性が高まり、ラジオ放送の開局が推し進められたのである。本稿では、ラジオ放送波に関わる工学研究者の立場から、このラジオ放送の価値と魅力ついて考察する。

1.関東大震災とラジオ放送の誕生

関東大震災がもたらした通信の課題

1923年9月1日、日本は未曾有の大災害に見舞われた。関東大震災(M7.9)は東京、神奈川、千葉、埼玉など広範囲に甚大な被害をもたらし、約10万5000人の命が失われた。特に大火災が多くの犠牲者を生み、都市機能は完全に麻痺した。

この災害が浮き彫りにしたのは、「確実な情報伝達の必要性」だった。当時の通信手段は限られ、デマや混乱が被害を拡大させた。この教訓をもとに、日本では「迅速かつ広域に情報を届ける手段」としてラヂオ放送の必要性が高まった。

ラヂオ放送開始への動き

文献より関東大震災以前から、逓信省(現在の総務省に相当)はラヂオ放送の導入を検討していたことがわかる。震災の発生直前にも議論が進められており、大災害を契機としてラヂオ放送の早期実現が求められるようになった。これが、日本のラヂオ放送の誕生を後押しする大きなきっかけとなった。文部省の「用語用字統一方針」によって、1941年にラヂオがラジオという表記に統一された。以下、ラジオとして統一する。

2.ラジオ技術の発展と世界の動向

無線通信の黎明期

ラジオ放送の技術的基盤は、1895年にイタリアのグリエルモ・マルコーニが無線通信を発明したことに始まる。その後、1900年にはカナダのレジナルド・フェッセンデンが世界初の音声無線送信に成功し、音声を遠距離に伝送する技術が確立された。

世界初の商用ラジオ局と普及

1920年、アメリカのKDKA放送局が世界で最初の商用ラジオ放送を開始した。また、真空管ラジオが開発された。これを皮切りに、世界各地でラジオ放送が急速に広がっていった。特にアメリカでは、ラジオが情報メディアとしての価値を高めると同時に、娯楽や音楽の発信源としても発展した。

3.日本におけるラジオ放送の誕生と発展

日本初のラジオ放送

1925年3月22日、社団法人東京放送局(JOAK:現NHK東京放送局)が芝浦の仮放送所から試験放送を開始した。

https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009060001_00000

これが日本のラジオ放送の幕開けである。ラジオは当初、「私設無線電話」として逓信省の許可を受ける必要があり、放送局の設立は厳格に管理されていた。受信するにも許可が必要であった。当時のラジオは鉱石ラジオが主流であった。米国からの真空管式ラジオ受信機は非常に高価であった(詳細略)。

続いて、名古屋放送局(JOCK)、大阪放送局(JOBK)が開局し、全国に放送網を広げる動きが進んでいった。

https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009060006_00000


日本放送協会(NHK)の設立

1926年8月、東京・大阪放送局が統合され、日本放送協会(NHK)が設立された。これにより、全国でラジオ放送が受信可能となり、全国規模での放送システムが整えられていった。


ラジオの普及と家庭への浸透

昭和時代に入ると、ラジオは一般家庭にも普及し始めた。1927年には放送法が制定され、国内の放送局が次々に開局していった。当初のラジオ受信機は鉱石ラジオが主流であったが、1930年代に入ると真空管ラジオも普及し、放送の音質や受信感度が向上した。1930年代後半には、NHKを中心に「家庭向け」放送が充実し、ニュースや音楽、娯楽番組が人気を集めるようになった。こうして、ラジオは人々の生活の一部として定着していった。太平洋戦争では放送が統制された。戦後はGHQによりラジオ放送は管理された。1951年にラジオ放送は民間に開放された。太平洋戦争前に進んでいたFM放送技術は1957年に実験放送に至り、1969年に開始され、音楽番組などに高音質化が図られていった。

4.100年経った今、ラジオの価値を見直す

災害時の情報源としての役割

関東大震災の教訓から生まれたラジオは、現在でも災害時の重要な情報源として機能している。東日本大震災(2011年)や熊本地震(2016年)でも停電時におけるラジオの有用性が再認識、能登半島地震(2024年)でもその有用性が認識された。スマートフォンやインターネットが普及した現代でも、停電時でも情報を手軽に得られるラジオは「最後の砦」としての役割を持ち続けている。

デジタル化とラジオの未来

近年、ラジオもデジタル化が進み、インターネットラジオやPodcast、サイマル放送が普及してきた。従来のAM/FM放送に加え、スマートフォンやPCで手軽に聴ける環境が整い、新たなリスナー層を獲得してきている。また、AIやIoTとの連携により、個別のリスナーに最適化された情報提供が可能になるなど、ラジオの進化は今後も続く状況にある。

5.まとめ:ラジオの100年とこれから

1925年に始まった日本のラジオ放送は、100年にわたり社会の変化とともに発展してきた。関東大震災の教訓から生まれたラジオは、災害時の情報インフラとしての役割を果たし、エンターテインメントとしても多くの人々に愛されてきた。

デジタル技術の発展とともに、ラジオは新しい形へと変化しながらも、その本質的な価値は変わっていない。今後もラジオが持つ「音声メディア」としての魅力、音声からの人の感性や想像力を掻き立てる魅力などから可能性を探究し、新たな時代に適応していくことが期待される。

100年を迎えた今、ラジオの価値をあらためて見直し、その未来について考える機会にしていきたいと思う。後半では、今後100年へのラジオとして、当研究室の研究より、誰もが楽しめる未来のラジオ技術について紹介する。

後編につづく

(初稿: 2025.3.5)

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参考(ラジオ放送波に研究に関連する論文など)

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